大大阪君似顔の圖(大正後期) 〔八〕

大大阪君似顔の圖(大正後期) 〔八〕
公開:2021/09/09 更新:

昭和5年(1930)に出版された『スポーツと探訪』に収録された『 大大阪君似顔の圖』(著:岡本一平)を翻刻した内容をご紹介します。

『大大阪君似顔の圖』は、あの岡本太郎の父親、岡本一平が大正14年の大大阪発足を記念して書いた、大大阪の街の名所や名物を似顔絵のパーツにして紹介する挿絵付の文章です。

こちらは『大大阪君似顔の圖〔八〕』の内容になります。


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大大阪君似顔の圖(大正後期) はじめに
大大阪君似顔の圖(大正後期) はじめに

昭和5年(1930)に出版された『スポーツと探訪』に収録された『 大大阪君似顔の圖』(著:岡本一平)を翻刻した内容をご紹介します。


大大阪君似顔の圖〔八〕

(に)大阪の顔の目(下)
(に)大阪の顔の目(下)

大阪の目は一つは商業に夢中になってる市民のはたし目。一つは遊楽地で遊んでいるうれしさうな市民の目。

(三)仁輪賀に萬歳代る事

挿絵1
挿絵1

『この横町が千日前筋や』
『賑かだね』
『これが楽天地だ』
『入らう』
『よつしや』
『アツ気味悪い。燈籠から凄い女が首を出してる』
『これは今ここでやってる芝居の客呼びや』
『造花の櫻が満開だ。その下に圓い大きな板がぐるぐる廻ってる上へ、子供も大人も一ぱいぢやないか』
『廻つとる板から外へ轉がり下りては子供が遊んどる』
『大供が坐てゐる子供の頭を跨いで鬼事をしてる。今に蹴つまづくぞ』
『そりや蹴つまづいた』
『安來節、活動、芝居、何んでもあるね。さア出よう』
『よつしや』
『前には大阪仁輪賀が有名だったが、今見るとなささうだね。萬歳といふ看板が澤山見えるぢやないか。ここには高級萬歳競演會と書いてある。入らう』
『よつしや』
『男と女の掛け合ひだね。まンあンざンあいらうあくうにええて何とか何とかと唄ひしたがべらぼらに訛って、節が尻上りでよく判らない』
『客に洒落で問答せいといつとるぜ、一つやったろ、全身乗るのに半身(阪神)電車とはこれ如何に!太夫考へとるぜ、返事しよる。なんや、一回乗っても何回(南海)電車といふが如し。こりやうまい』
『熱海の海岸お宮、貫一の別れの茶番を始めた。あははあはは』
『貫一が中風になりよつた。これはえげつない
『男の才蔵が道化を演ずる度びに女の太夫にピシヤリピシヤリ頭を叩かれるのは見物に變態性慾的の痛快があるのだらう』
『出ようや』
『今度はこっちがよつしやといふ番だね』
『ぎやうさん店に人が立つとる。せり賣や』
『店の名は何だ、まけんやか、こいつだ、こいつがせり賣の天才なのさ。僕は二三年前に来て感心して見たのだが子僧めまだやつてる。板を叩いて喋ってるぜ、何だ、これは股引の兄貴でばつちの弟、猿股一名ゑて股です、といってるぜ、田舎もンはこないにはくがといつて逆に穿いて人を笑はせて置いてそれから、何だ、インターナショナルオリンピックにテニスのチヤンピョン熊谷はん、清水はんが試合に穿いて出た、記念のゑて股といつてるぜ。こいつはこの口上をいふ為めに可成り氣をつけて雑識を貯へてなければこんなにいへない。それに一生懸命恥も外聞もなくせり賣に身を賭けてるところが感動させる。立派な藝術家だ。』
『君は何んでも藝術家にしたがる癖があるぜ、小僧め、わいせつな事をいつて客を釣るのはひけふや』
『そうだな』
『いのういのう、やあ子僧めビッックリしていんではあかん、買ふとけやと伸びて見とる』
『逃げやう逃げやう』
『ここへ入らう。これ喰って見い』
『むしゃむしゃむしゃ、こりや何だ』
『おこうこの海苔卷や。模擬店の続きや』
『これは珍らしい東京に無い。東京でまぐろの海苔巻をてつか巻といふがこれは新澤庵のてつか巻だね』


(四)銀行が踊りの待合室の事

挿絵2
挿絵2

『この筋がえべす(戎)橋の筋や、やつぱり賑かい』
『いろいろのものを賣つてるね。昆布をこんなにいろいろの料理品にして賣ってる事門店のあるのは大阪だけだ』
『食料品やにぎやうさん干もの類を賣っとるんやろ。これは近頃の傾向や、郊外住宅が増えて家に貯へといて喰ふ食ものの入用が多うなつたんやそれでこない干もの類の需要が多うなつたんや。干もの類というたとて味醂でつけたりケシをふつたり贅澤な干ものや』
『明観察だ』
『ちよとここの窓見い。便所の紙入れ作って賣っとる』
『便所の紙入れ臺は謡ひの臺と似てるね』
『どつちも前に置いていきむものやから形も似とる』
『きたないね』
『ここが蘆邊踊の演舞場や』
『成程、大阪市民は経済観念が発達してる』
『何を見て感心しとるのやい』
『いやね。この演舞場へ踊りを見に来て入らうとする人の中で其三分の一はね、入口で思ひ返し入場料を向ふの鴻池銀行へ預けに入って行くぢゃないか、だからさ』
『そりゃちがふ。あの銀行は踊りのうちだけ、特等客の待合に貸しとるのンや』
『金利のおどるのを嫌ふ銀行がをどりに貸すとはこれ如何に』
すかたらいはんとおけ』
『腹が減った』
「民衆デーだから、飯は出雲やのまむし井や』
『この鉢のものは何だ』
『う巻や、玉子焼の形に鰻が入っとる』
『隣の客もこれをとつてるね。そして中の鰻でおやぢが酒をのんで、外側の玉子で子供に飯食はしてる。民衆はいじらしいね』
『あれ見るとこつちやもあんまり贅澤は出來んなア』

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昭和5年(1930)に出版された『スポーツと探訪』に収録された『 大大阪君似顔の圖』(著:岡本一平)を翻刻した内容をご紹介します。


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