昭和5年(1930)に出版された『スポーツと探訪』に収録された『 大大阪君似顔の圖』(著:岡本一平)を翻刻した内容をご紹介します。
『大大阪君似顔の圖』は、あの岡本太郎の父親、岡本一平が大正14年の大大阪発足を記念して書いた、大大阪の街の名所や名物を似顔絵のパーツにして紹介する挿絵付の文章です。
こちらは『大大阪君似顔の圖〔十二〕』の内容になります。
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筆者とS君とは市長宅を訪問の道すがら春雨を傘に凌ぎつつなほも大阪城内の見物を続ける。大阪君の顔の髯を何にしたらいいのか屈託を互に心に抱きつつ。
大阪城即興
蛸石が振袖石の袖ひいて
共に濡れよぞお城の雨に
『さあ無駄はこの位にして少し見物に精出さう』
『ここが千畳敷、むかし秀吉の本陣を構へたところ今は師団司令部になつとる』
『日本建築の師団司令部も奥床しいものだね』
『こが黄金井、深さ三十三米、水の腐らぬやう秀吉が黄金を沈めたので黄金井といふのンや』
『黄金は今でもあるだらうか』
『わてが知っとる位ならわてが取り出してしまひまつさ』
『こりや理屈だおや、お城の彼岸櫻がもう咲ている』
『この上が天守閣。こつちやが大阪の水道の水を汲み上げて貯水池につかつたところや。もう歸ろう』
『兵隊炭取りを提げて列を作つて來る。士官が來たら炭取りを提げたまま、歩調を取ってかしら右をした律義なものだね』
『兵隊は律義な程見よいな』
『ここが市長の家や』
(導かれて木石豊な廣い庭に面する応接間へ通る。日本間に椅子テーブル、床に宗演和尚賛畫の大達磨)挨拶ありて後筆者
『今度大大阪になりましたが、あれをどういふ風に充實させて行くお積りですか、若し市の中枢機関から積極的に彼等に向つて設備を敷行って行かうとしたらかなり金がかかりませせう。其金の負担が舊市區の住民に重く新市區の住民に薄いといふ事になりはしませんか』
『それはですね。だから成るべく新市區の地主達の自主的の発達改善を歡迎したいのです。つまり地主達が組合でも作つて耕地整理と同じやうな区割整理を行へば始めは一度に金はかかるものの交通は良くなり土地も便利になり従って地価が昂がって來る。かけた金は頓でぢき取戻せるといふものです。さうなった處へ市では水道電気等を送り発達を補助して行かうといふ先づ方針です』
『都市の膨張はどういふ風に行はれるものですか』
『今迄は平押に餅のふくれるやうにふくれる事になって居ましたが近頃西洋の学説ではそれはいけない。處々にかたまつて繁栄した町を作り町と町との間には矢張り空地を置く方がよいとなつて來ました。専門的の言葉で之を衛星都市といふんですがね』(大大阪市民に次ぐ、諸君の都市は将来鹿の子まだらに発達さるべきものと知られよ)
『僕は新大阪區を少し歩いて見ましたがあなたのあれに対する御所感はいかがです』
『あ、は、は、は、内務省の局長が来て一望千里といつたがまだ全くさうですよ』
『お目にかかつて感じたのはあなたがイエス、ノーを割合にはつきりいはれるつまり学者肌の抜ける性格の方らしい事ですが、其性格で市政を執られる結果はどうです』
『持前でしてね、損のところもあるやうです。前の市長の円滑を學び度いと思つてはいるんですが。然し一體大阪人といふものは話がきまるまでは中々紆余曲折するがもう是よりいかんといふ事になると根が打算に明かな素質ですから案外その方面よりすれば話は早く纏るやうです』
『あなたの市民に対する気受けはどうです』
『まあ、出した予算も大概受けてくれるし別に悪いとも思ひません』
『あなたの一番愉快な事、一番嫌な事は』
『暇の無い事が一番困るんです。どうも愉快といふ方はまあ無いね』
『府知事と市会とどっちが怖いんです。府知事の監督は形式的なものぢやないですか』
『そんな事はありません。何の事務でも内務省へは知事を通って行きますから、これで知事には中々頭を下げているつもりです。知事君は何と思ってるか知らんがあは、は、はは』
『市會は?』
『市長は市會が選挙するものですから…』
『市長の年俸二萬圓に交際費五千圓であなたのお家の経済はつきますか』
『どうにかなつて行くんでせうあまりこまかい勘定もしてみんが』
『一週に宴会の度數はどの位です』
『宴会には向かん人間だから成るべく避けています』
『夫でも一週に三晚ぐらいありますか』
『まあそんな處でせう』
『あなたの道楽は』
『道樂のない男でしてね』
『酒はお好ださうですね』
『ただ飲みたいだけです。遊びの酒といふ方ではありません』
辭す。關氏玄關まで送って来て座にこごみ客に手をつかへ別辭を述ぶ。心がけ感に堪へたり。自動車に乘つてからS君
『關市長の感じはどうや』
『僕はあの顔から推断したのだが大大阪は将来北東部の方と南方住吉區の方へ発展するね』
『ナゼや』
『だつて市長の顔は頭の左上部が特別に張っている、それから顎が長いから。オット髯だ。あの市長の髯の傾向を大阪君の顔に移植しようではないか』
『そらでけた』
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