大大阪君似顔の圖(大正後期) 〔十三〕

大大阪君似顔の圖(大正後期) 〔十三〕
公開:2021/09/11 更新:

昭和5年(1930)に出版された『スポーツと探訪』に収録された『 大大阪君似顔の圖』(著:岡本一平)を翻刻した内容をご紹介します。

『大大阪君似顔の圖』は、あの岡本太郎の父親、岡本一平が大正14年の大大阪発足を記念して書いた、大大阪の街の名所や名物を似顔絵のパーツにして紹介する挿絵付の文章です。

こちらは『大大阪君似顔の圖〔十三〕』の内容になります。


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大大阪君似顔の圖(大正後期) はじめに

昭和5年(1930)に出版された『スポーツと探訪』に収録された『 大大阪君似顔の圖』(著:岡本一平)を翻刻した内容をご紹介します。


大大阪君似顔の圖〔十三〕

(ち)大阪の顔の脈管
(ち)大阪の顔の脈管

大大阪の脈管、川、大江橋たもとよりモーター・ボートに乗る。そして過ぐる橋の名前だけ並べても大阪の詩になるであらう。試にやつて見る。

川と橋の詩

大江橋のたもとより船出、欄干に人が大勢立って見る。
中の一人『阿呆ヨ、船賃拂へ!』
『御好意を謝す』
右側、中の島運動場、男の子、女の子、小さい女の子、
中の島終り、櫻少し咲いてる。

挿絵1
挿絵1

八軒や。踏みつぶしたやうな川蒸気、
左、てんまの青物市場、
天満橋造幣局、通りぬけの櫻、
右、坊さん錢もろて紙屋治兵衛の墓をもつてのいたあとに出来た藤川邸。
淀川橋、潜ると左右工場地帯、
コンクリートの河岸の上に調革のまんぢうが並んでる。
都島ばしの下に、乞食さんのバラックが澤山ある。仇討ち許り住んでさうなバラック。
毛馬橋、わが船よ廻れ右前へ!。
再び河岸のトロッコ、起重機、

挿絵2
挿絵2

中の島に左右よりかけ渡したる鐵橋。落暉。
難波橋ビルデング、野村ビルデングが古塔のやう。
晩鐘がきき度い。細川へ入る。
よしやばしと今ばしとは夫婦か、
並んでる。
高麗ばし。
平野ばし。
大手ばし、みな兄弟か親類。
縁が近しい。
元町奉行跡の商品陳列所。
本町橋。

挿絵1
挿絵1

農人橋邊でさらした手拭を干す高い干物臺。
墨の家に柳、柳
藍の水に手拭をさらす船の男の竿、先に布は環のやうに廻る。
砥石やの家の窓より子供豆柿のような顔を出して
『バンザイ』
こつちも
『バンザイ』
木を挽く機械の音『匕ユ匕ユーン』
水に浸った材木が多い。
あんどう寺ばし
折しも引潮、かき船あらはれた河底の上においどまで出して坐ってる。
末吉ばし
鍍金、硫酸の臭ひ。
くのすげばし
炭屋が多い。
瓦屋が多いと思ったら、瓦や橋といふものがある。
上大和橋より西へ曲る。
空壜を積んだ船。
(で兎も角も淀川を顔の脈管として大阪君の左の額に入れる)

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昭和5年(1930)に出版された『スポーツと探訪』に収録された『 大大阪君似顔の圖』(著:岡本一平)を翻刻した内容をご紹介します。


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